2003年01月11日(土)
懐かしい音楽の先生と馬鹿な統計学
今日は昨日の影響高なんだか知らないが、午後1時近くに電話で目を覚ました。 とりあえずいきなり昨日の夜に企画書を出すという話が出ていて、それを今日中に作れという電話だったので、できるだけやってみるとだけ行って電話を切った。 その後、この前ニケ君が事情により置いていったパソコンを宅急便で送ってから、いつものように音楽を聴いたりWebを回ったりしていた。 4時を過ぎた頃、この前電話をしてつながらなかった高校時代の担任の先生に電話をした。 その先生には俺は高校3年間をずっと担任してもらったので、結構話は盛り上がった。 すると、その話の中で俺の知っている盲学校の先生達が、かなりの数外に移動になってしまっていることを知って、結構寂しい気分になった。 特に内の学校の音楽家のN先生がいなくなってしまったのは寂しい。 あの先生は本当の意味で音楽の楽しさを生徒全員に教えようとする、本当の情熱の持ち主だったと思う。 どんなに人数が少なくても毎年の合唱コンクールへの参加はやめようとしなかったし、音楽の授業中も決して教科書通りの授業ではなく、結構本格的な音楽を先生なりに教えてくださったことをしっかりと覚えている。 こんなN先生だが、この先生には俺は小学生時代とても苦い思い出がある。そのころからやんちゃ坊主だった俺は、こともあろうによく小学生なんかが手でもって振って音を出す楽器の「鈴」を、落としてしまってそれを足で拾い上げたため、かなりの勢いで怒られ、1時間ずっと教室の隅にたたされたり、夢中になって教室で耕筰をやっていると、みんなが音楽の授業に行ってしまい、それにも気づかずに1時間教室で遊んでしまってこっぴどく怒られたあげく、成績表に未だかつて無い最悪な成績のゴム印を押してくれた先生なのである。 その反面高校時代には、放課後遅くまで音楽室にこもって合唱練習をしたり、休みの前の日に寄宿舎に泊まり込んで音楽コンクールに参加して見事1位を取った利など、どちらかというといい思い出の方が多い先生だった。ああ、あの先生いなくなったのは大きい。今の音楽の授業って、どんなことやっているんだろうか。
それから7時頃になって飯を食った後、テレビの力という人捜しの番組を見ていて思ったのだが、たしかにこれを使って肉親を捜すと結構見つかる場合はあるだろうが、放送中に電話をかけて来るというのは結構勇気がいるような気がする。 だって、本人がもし放送中に電話をかけてくると、間違いなくテレビの電波に乗って全国に自分の声が流れるから、結構恥ずかしくてしょうがない。 実際今日のテレビでは、12月7日のこの番組放送の後、探していた人が見つかったという話をやっていた。 その後は相変わらず何をする出もなく過ごしていた。 卒論前だというのに全くこんなことをしていてもいいのだろうか。 ところで俺の学校ってどうしてこんなに卒業直前まで授業があるのだろうか。俺の会社の同期の仲間なんて、もう卒論出したら授業がないというやつがほとんどなのに・・・。 いつだったか内の学校の統計学の先生が行っていたが、俺たちは相当時間的に損をしているらしい。 内の大学は80分授業30回で3単位取得になるのだが、ほかの一般的な大学では、90分授業30回で4単位になるのだ。 これをわかりやすく書くと、内の大学は1単位取るのに授業10回分、つまり 80*10=800で、800分も勉強しなければならない。 それに対してほかの一般大学では、1単位取るのに授業が7.5時間必要なので、 90*7.5=675 つまり675分で済むのである。 こう考えると非常にばかばかしい。1単位でも125分であるが、これが卒業最低取得単位数の96単位で換算すると、同じ単位数を取るのに俺たちは、 125*96=12000 12000/60=200 おいおいおいおい、なんと200時間もよけに勉強して最低取得単位取っているのか。 ああ、計算機片手に計算し直さない方が良かった。全く俺は3年間何やっていたんだろうか・・・。 でも、この3年間が無意味だったかというと、いろいろな意味でかなり井胃意味は会ったと思う。卒業する前に大学3年間を振り返ってエッセーのようなものを書き残しておきたいとも思うのだが、お得意の面倒くささが先に立ってしまってやるかどうかは分からない。
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