Nさんとの出会い


 無線を始めたばかりの俺は、学校に行っても次の土曜日が楽しみで授業なんかどうでも良くなっていた。
 そして、待ちに待った土曜日がやってきた。うれしいことに、その日は先週に注文しておいた無線機「FT-736」が届いていた。
 この機械はもちろん周波数を音声でしゃべってくれる機能がついているものだった。そこで早速親父と一緒に説明書を見ながらいろいろと使い方を読んでもらった。説明書が読めない俺は、何か大きな機械を買うと何時もこうやって親父に説明書を読んでもらい、機械の使い方を覚えていた。しかし、親父だって無線の世界は素人だから、どこをどうやって説明したらいいのか分からなかったらしく、かなり悪戦苦闘した。でも何時間か弄くっているうちに、何とか周波数の変え方ぐらいはマスターできた。
 それから俺はその日一日中このスーパー固定機を使っていろいろな人と話した。当時の430MHz帯は今よりもずっとにぎやかだったので、CQを出せばかなりの応答があった。しかもメインチャンネル(呼び出し専用のチャンネル)の混雑はかなりのものだったから、自分からCQを出さなくてもメインを聞いていればすぐに誰かのCQが聞こえてきたのである。
 何人かの人と話して、少しは無線に自信がついてきたころ、そんな混雑したメインを聞きながら、俺は例によって次の話し相手を探していた。するとどこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。そう、それは先週ハンディー機を買ってきた日の夜に聞こえてきたあの強い電波の声だったのだ。しかも今回は屋根の上のアンテナが繋がっているので、まったく雑音が入らないほどの強い電波とはっきりした音声で

「CQ CQ CQ こちらのコール セブン リマ スリー 何とかかんとか、7L3XXXなんとか県何とか市固定です」

と入ってきた。
 そこで早速指定された周波数に移動して「受信します」の声と同時に送信ボタンを押して声をかけてみたのである。
 アマチュア無線では大体の場合、初めての交信の時には、自分のコールサイン、相手の信号の強さ、自分の電波を出している場所、名前、無線機・アンテナの型番などを相手に伝えるので、おれもその人にそんなことを話た。そしてその後に、定番のQSLカード(交信証明書)の交換の話になった。そのときの俺は「私は目が見えませんのでカードは発行できません」と言っていた。こんなとき大体の人は「そうですか、それではNOQSL(カード交換はしないという意味の無線用語です)ということでお願いしますね」といってさっさと交信を止めてしまう。実はアマチュア無線をやっている人のほとんどは、このQSLカードを集めるのが目的の人が多いので、これができないとあっさりと交信を終わらせてしまうことが多いのである。だからそのときも、俺は「ああ、この人ともあんまり話ができなかった」とがっかりした。(そのときの俺は相手を雑談に持っていくテクニックを知らなかった)しかしこの人は違ったのである。
「そうですか、それではカードは無しということで」といった後に俺にいろいろと質問をしてくれたのである。「目が見えないということですが周波数はどうやって調べるんですか?」とか、「○○町ということで私と近いですので、これからもよろしくお願いしますね」などと無線初心者の俺にかなりやさしく話し掛けてくれた。しかもうれしいことに、その人は俺と同じ無線機を使っていた。そのことに気づいてくれて「私も同じ無線機を使ってますから、何かわからないことがあったら遠慮せずに聞いてください」とまで言ってくれた。そして交信の最後に「これからもローカルフレンド局としてよろしくお願いします」と言ってくれた。うれしかった、その言葉は、俺にとって前前から夢見ていた「無線で友達を作って楽しく話しがしたい」という夢がかなった瞬間だった。

このときの更新相手の方が俺にとっての最初のフレンド局(無線友達のことをハム用語で「フレンド局」と言います)のNさんだったのである。

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