ラジオが好きだった


 俺がトランシーバーにハマっていたころ、親父がこれまた珍しいものを俺に見せてくれた。
 それは高感度設計の短波ラジオだった。そのラジオは結構大きなラジオで、ダイヤルが二つついており、AM・短波(3.8〜29MHz)まで・FMの聞けるものだった。
 初めてこのラジオのダイヤルを回したとき、俺はかなり驚いた。それもそのはず、俺が親父に最初に聞かされたのが、「ロシアの声」という、モスクワ放送が流している日本語放送だったのだから。
 俺はこのラジオをきっかけに、もちろんこれに、ハマってしまった。家にいる間、暇さえあればラジオのダイヤルを回していたのである。
 もちろんアナログラジオなので、目が見えなくても十分操作できるものだった。
 俺はこのラジオを寄宿舎に持っていって友達と一緒に楽しみたかったが、その当時寄宿舎では「ラジオの持ち込みは高学年のみ」という規則があり、持っていくことができなかった。そこで俺は、家に帰ると毎週このラジオで遊び、寄宿舎ではトランシーバー遊びをするようになった。
 ある夜、俺はウォークマンを聞きながら寝ている兄貴の横でラジオのダイヤルを回していた。すると、耳慣れない放送が聞こえてきた。しかもそれは、兄貴のもっていたカセットテープそのものなのだ。不思議に思って、
「あんちゃん、ちょっとカセット止めてみて」
といってみると、なんと、その放送はとたんに消えてしまったのだった。そのウォークマンは、幸いなことに、俺がお年玉をためて正月に買ったものを兄貴に貸していたものだったので、次の日に早速返してもらい、じいちゃんのカラオケセットのマイクを借りて、ラジカセを使って、「ラジオ番組」を作って流してみた。そのときの感動は、今でも忘れることはできない。なんと言ってもラジオのスピーカーから「こんにちはTomGです」と自分の声が聞こえてきたのだから。でも、そのウォークマン(ワイヤレスヘッドフォンステレオ)では、届く距離が10Mも無かったし、生放送ができなかったので、「こんなのラジオじゃない!」と思って、すぐにあきれてしまった。
 そんな時、またまた例の先輩が、面白いことを言い出したのだ。
「今日は高等部の無線部の顧問の先生が宿直らしい」
そんな話を聞いてしまったからには、黙っていられないのが俺の性格である。そんなわけでもちろん俺は、夕食を食べた後、早速事務室に「無線クラブの先生」に会いに行った。
 そこで俺はいろいろな話を聞かせてもらったが、中でも印象深かったのは、俺たちの遊んでいるトランシーバーも、先生がやっている無線もラジオも、波の大きさが違うだけで、同じ波のような形をした「電波」というものを使っているという話だった。しかも何気なくそのとき先生が、面白いことを言い出したのだ。
「君、ワイヤレスマイクって知ってるか?あれもトランシーバーみたいに線が無くても使えるだろう?実はあれはFMラジオの電波を使っているんだよ」
それを聞いた俺は考えた。お年玉をためて、ワイヤレスマイクを買って、「小さなラジオ放送局」を作ろうと!!
 これが俺のミニFMとの本格的な出会いであり、アマチュア無線にハマり込んでいく更なるきっかけでもあった。

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