上級資格が欲しい!!
前の項でも述べたように、栃木学生ハムクラブは、お姉さんをほしがるほかのアマチュア無線クラブからの妨害に、夏休み期間中ずっと悩まされ続けた。
正確に言えばお姉さんと話し合って解決策を見つけたのが9月に入ってから少したってからのことだったので、お姉さんがクラブに入った7月前半から9月前半までの約2ヶ月間、このような妨害に悩まされ続けたのだ。
まあ、これがふつうの学校のある季節だったらそんなに大きな被害は受けなかったであろうが、学生の毎日暇な夏休みだったので、毎夜のごとく妨害も繰り返される始末だった。
この妨害に対して栃木学生ハムクラブでは、妨害を受けたときに移動するチャンネル表を電話で伝えておいたり、指向性の強いアンテナで切るなどの対策を講じてきたが、これでもどうも対策としては不十分だった。
それもそのはず、俺たちを妨害している人たちの住んでいるところは、俺の家からわずか10km程しか離れていないのだ。
そこで、俺たちは、この人たちに勝つためには、合法的に胸を張ってこの人たちよりも強い出力を出さなければ話にならないと考えたのだった。
そのためにはまず、センター局である俺が何とか上級資格を取得して、出力をあげなければ、結局みんなへの指示が伝わらないことになる。そんなわけで俺と数人の有志が集まって、ともかく4級の上の3級の資格を取ることにした。
実は俺が中学3年の4月、アマチュア無線の免許制度が変わり、各資格の最大出力が変更になった。
俺たちが利用している430MHz帯での最大出力はすべての級で50Wと決められている。実は今回の改正で、3級の最大出力がこの50Wにアップされたのだ(改正前までは、25W)。つまり、3級を取得してしまえば、この周波数帯では、許可されている最大の出力を出すことができるわけだ。
ちなみに日本のアマチュア無線人工の95パーセントは4級の人たちだと言われているので、一つ上の資格を取るだけでも、対外の局よりも高い出力を出すことができることになる。これはちょっとした筋からの情報だったが、当時俺たちを攻撃していた人たちのほとんどは、4級の人たちだという話を風の噂で聞いていた。
なぜこんなにも4級の人たちが多いかというと、一つ上の3級の資格を取るためには、モールス信号という昔使っていた「とん」と「つう」だけですべての文字を表す信号を覚えなければならないからだ。
これを覚えられない人が多いために、日本のアマチュア無線人工のほとんどが、4級の人たちなのだ。
もちろん俺たちだってこのモールス信号には悩まされた。でも、休み中毎夜のごとく、
「問題出すぞ、とんつうは何だどうぞ」
「A」
「次はつうとんとんとん」
「B」
とか言いながら、お互い励まし合って少しずつ暗記していった。
でも、こんな時暗記力と聴力では視覚障害者は強かった。実際俺はこのモールス信号を1週間程度で暗記してしまった。実は俺はその年の1月、余ったお年玉でモールス信号を発生させる道具を買っていたので、それを使って自分の勉強もかねて、モールスの練習テープを制作したりした。
そんな風に一生懸命勉強して、いよいよ試験当日が来た。今回は友達と一緒に勉強したので、そんなに緊張はしなかったが、やはりモールスの聞き取り試験の時は緊張した。しかし、残念ながら一緒に受験した友達の一人は、モールスのところであわててしまったらしく、不合格となってしまった。
そんなわけで俺は晴れて、アマチュア無線3級の資格を取得し、東京ハイパワーのリニアアンプを購入し、早速50Wの免許を申請した。
解説:パワーを上げても電波の飛びはあまり変わらない
実はこのように必死になって送信出力をあげたところで、電波の届く距離そのものにはあまり変化はない。しかし、パワーを上げると、混信や妨害に格段と強くなるのだ。そして、パワーアップ前にぎりぎり聞こえるか聞こえないか程度の弱い電波の人であれば、パワーを上げるともちろんしっかり聞こえるようになる。
蛇足にはなるが、このため送信ブースターには受信ブースターまでついている者がほとんどだ。
語句解説
- 指向性のあるアンテナ
- アンテナを向けた砲口にしか電波の飛ばない、その砲口の電波しか拾わないような特性を持ったアンテナ。有名な者としてはテレビのアンテナがそれだ。
- アンテナで切る
- アンテナを妨害電波の出ている方向と直角の方向を向けて、その電波を遮断すること。これで妨害電波を除去して、受信したい電波だけを受信することができる。
- 送信出力(パワー)
- 無線機からアンテナに電波信号を送り込む強さ。空中戦電力とも言ったりする。単位はw(わっと)。
- 送信ブースター(リニアアンプ)
- 出力の小さな無線機のアンテナをつなぐ部分につなげてその出力をあげる機会。俗称を「下駄」ともいう。
- モールス信号
- とんとつうという、長短の音だけを組み合わせてすべての文字を表現する信号。電話や無線のように、声を遠方まで電気信号で送る技術が開発される前は、通信の全てがこれだった。現在では一部の国のスパイが利用する暗号にしか使われていない者と思われる。
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