ずっと聞いていたんです


 高校に進学してから少したった5月中旬のある日、俺たちはいつものように3.70にたむろして下らない話に花を咲かせていた。実はこの日は珍しいことに、長い休み中ではないにもかかわらずなんだか朝方までみんな元気だったりした。
 4時を過ぎた頃、そのうちの一人が「そういえばTomG、最近新しい人入ってこねえなあ」とか言い出した。確かにここのところ受験騒ぎだなんだかんだでうちの集団には新しい人は入ってきていなかったのである。
そこで久しぶりに「CQ学生の方」をやることに決めた。しかし、この時間では普通学生の方はおろか、CQを出しても誰も声がかからないだろうと言うことにもなったが、まあやるだけやってみようと言うことでメインチャンネルで呼び出しを書けてみた。すると、驚くことに案外早く声がかかった。
ところが、この人の電波はU市に住む友達のところには強く届いているらしいが、俺の家からは非常に弱く、八木アンテナを回しても聞き取るのがやっとといった感じのものだった。
だが、その人から帰ってきたシグナルレポートは59、つまり俺の電波は強く届いているらしい。こんな時に考えられるのは、相手の電波の出力がよっぽど弱いこと以外無かった。
そこで、使っている機械を交換してみると、その人は当時少しだけ無線化の間ではやっていた某社のローパワー無線機だった。その無線機はかなり小さくてポケットに入れて簡単に持ち運べるなかなかの便利グッズだが、出力が0.3Wしかでないので、普通高い山の上に上ったときや、友達どおしで連絡を取り合うときぐらいしか使わない。その人はそんな非力な無線機に屋根の上のGPアンテナをつないで出てきていたのだった。
そのときの彼こそ、今も俺が休みの時に実家に帰ると必ず遊ぶきむ犬さんだった。もちろん彼は当時高校3年生だったので、その日から俺たちの仲間に加わってもらうことにした。
 その夜、きむ犬さんを交えてみんなで話しているときに、例の女の子が久しぶりに顔を出した。そこで俺がきむ犬さんにその人を紹介すると、「ああ、○○さんですよね、声は聞いたことありました」とか言っていた。そこで俺はちょっと気になった。実は、きむ犬さんはこの集団の会話をずっと聞いていたのではないかと。
すると案の定その通りで、きむ犬さんはその日まで、毎晩毎晩俺たちの会話を聞きながら「楽しそうだなあ」とか「何とか入れないかなあ。でも俺の無線機じゃ難しそうだな」とか考えていたらしかった。
 そんな話をしていると、その女の子が
「実はあたしもここに入る前、ここの会話は聞いていたんだ。それで、最初はコールサインの言い方とかが複雑だったんで、みんなのコールをカタカナで書いたりしていて、いつもこの時間になるとこの周波数を聞いてたんだけどね。だから一昨年に」あたしがCQ出していたときにみんなが声書けてくれたときはうれしかったね
 そんなことを話しているうちに、その日は昔からの懐かしい話で盛り上がり始めた。俺も確か、無線を始めた頃は人の話を聞いていて、「混ぜてほしいけどどうしたらいいんだろうな」とか思っていたこともあった。
そんなとき、聞いている自分の存在を知ってほしくて、話の合間にいたずらでちょっとだけマイクを握って電波を出してみて、相手が「あれ、誰かいましたか」とか言うのを聞いたりして楽しんだこともあったような気がする。でも、そんなときに声を出せばいいものを、いざとなると全く知らない人に声をかけるのはかなり勇気がいることで、マイクは握るものの、声を出すことまではできなかったりした。
そんな話になるとみんなそれは同じらしく、何回も何回もそんなことをやって、俺が「あれれ、さっきから誰かいるみたいなんですけどどちらですか、どうぞ」なんて言うのを聞いて楽しんでいた人もいたらしかった。
 でも、無効もそうならこっちもそうだ。特にCQを出している学生を見つけたときや、この近くで学生が開局してその人がどこの集団にも属していないと知れば、前にも書いたようにその人を捕まえるための相談を始めるのだ。と俺が白状して次の人にマイクを回したとき、彼女がいきなり割り込みで「実はあたしはその相談聞いてた」
と言うではないか。ああ、これだから電波というのは怖い。特にアマチュア無線の場合には、自分が話している相手のことは分かっても、聞いている相手のことは分からないものだ。こんなことにかかわらず、噂をしていると噂の本人が聞いていることはよくある。しかし、あの女子高生獲得合戦会議を彼女が聞いていたかと思うと、かなり恥ずかしくて仕方がなかった。

ごく解説


GP
アマチュア無線の固定局が最も多く使用している棒形のアンテナ。周りに均等に電波をまき散らす性質を持っている。

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