初めてのQSO


 そこで俺は、ハンディー機だけを持ち帰り、わくわくしながらいろんな周波数を聞いていた。でも、聞いているだけではつまらなくなった俺は、悪い考えが浮かんだ。それは、学校のクラブコールサインを利用して交信してしまうというものだった。そして早速、メインチャンネルにあわせて震える手でPTTスイッチ(送信ボタン)を押しながら、

「CQ CQ CQ こちらはJX1ZXX JX1ZXXです。どなたかお聞きの方いらっしゃいましたらコンタクトお願いいたします。受信します」

と話してみた。
 しかし、こんな田舎の家からである上に、小さなハンディー気のアンテナと出力だったため、誰からの応答も無かった。
 仕方なくあきらめていると、メインチャンネルに非常に強くてクリアーな音声で、

「Hello CQ CQ CQ 430(フォーサーティーと読んでください)こちらのコールは、・・・何とか県何とか市固定です。どなたか入感局ございましたら3.62、3.62で再度コールいたします。各局さんコンタクトよろしくお願いいたします」

と入ってきた。
しかし、今日ほとんど初めて無線を聞いた俺には、「3.62で再度コールいたします」という意味がわからなかった。もちろんこのチャンネルがメインチャンネルで、呼び出し専用のチャンネルであり、実際の交信はほかの周波数を利用して行うのは知っていたが、この「3.62」というのが分からなかったのである。
 そんなわけで仕方なくその日は交信をあきらめてしまった。
 次の日、何気なくメインチャンネルを聞いていると、今度は弱い電波で、CQが聞こえてきた。これはハンディー機のアンテナでは無理だろうと思っていると、
「3.26、433.26MHzで再度コールします」
という声がかすかに聞こえた。そこでやっと、昨日の3.62が、433.62MHzという意味であることがわかったのである。
 そこで無理なのを覚悟で、ハンディー機のキーボードから433.26と打ち込んで周波数をそちらに移動した。すると、不思議なことに、メインチャンネルよりもはっきりした声で、
「CQ CQ CQ こちらのコールJX1XXX栃木県足尾町半月峠移動です。どなたか入感局ございましたらコンタクトよろしくお願いいたします。受信しますどうぞ」
これを聞いて俺は驚いた。それはこんなに小さなアンテナで、俺の家からかなり離れた足尾町からの電波を受信できたからである。そこで勇気を振り絞って、送信ボタンを押して、
「こちらはJX1ZXX JX1ZXXです」とだけ送信してみた。
すると信じられないことに、相手の方はこちらの電波をしっかり受信できたのである。これが俺のはじめての交信だった。
 いま考えてみると、この程度の距離ならば相手のロケーション(場所)さえ良ければ、問題なく交信できる距離であったが、当時の俺にとってはかなり感動的なQSOだった。
 その日の午後、俺は両親に手伝ってもらい、屋根の上に始めてのアンテナ(GP)を立てた。ところが、せっかくアンテナは立てたのだが、ななななんと、同軸ケーブルの長さが足りなかったのである。そこで親父とまた昨日無線機を買った店に行って延長ケーブルを買ってきた。もちろん車の中でも俺は夢中でハンディー機のダイヤルを回しつづけていた
 無線屋につくと、早速そこの店長に延長コードを作ってもらった。そこで俺は何気なく、
「このハンディー機って、昨日買ったアンテナに繋げないんですか?」と聞いてみた。すると店長は、
「こちらの500円の部品を使えばできますよ」と言ったので早速その部品を買って帰ってきた。
 家に帰って早速アンテナ線の配線工事をやってから、ハンディー機に屋根の上のアンテナを繋いで見ると、まったくの別世界だった。ハンディー機のチャンネルつまみを回してみると、ほとんどのチャンネルで交信が聞こえていると言っても過言ではないくらいの賑わいだったのである。しかも、その中には当時の俺には予想もできなかったような距離からの電波がかなりの強さで入ってきていた。しかし、前前から気づいてはいたのだが、なぜか俺にはこの人たちのコールサインの言い方が変に聞こえた。その人たちは普通にJO1QKL(架空のコールです)とかは言わないで、
「ジュリエット オスカー ワン ケベック キロ リマ」とか言っているのだ。俺はこの意味がわからなかった。そこでこうなったらこの無線を使って聞いてみようと思ったのである。
 ちょうどそんな時、俺の地元の町からのCQが聞こえてきたので、そのチャンネルにあわせて声をかけてみた。実はこの人が、俺の最初に更新した学生局だった。しかしそのときはいろいろと質問するのに精一杯で、この人が学生だということにはまったく気が付かなかった。
 ところであの変なコールサインの言い方だが、これは「フォネティックコード」といって、すべてのアルファベットに別の言い方がつけられたものだった。これは混信などの雑音の中で、相手のコールサインを聞き逃さないようにするための工夫である。混信が多い中だと、「M」と「N」、「D」と「T」などはとかく聞き違えてしまうことが多い。しかしこのフォネティックコードを利用して相手に伝えれば、聞き間違いはかなり減るというのだ。たとえば上のMとNだが、普通にMと発音されても混信が多いとよくNと間違えてしまう。しかし「Mick(マイク)」と「November(ノベンバー)」と発音すれば間違いは少なくてすむのである。でも、俺は始めのころこれにはかなり戸惑った。しょうがないのでその人に全部教えてもらって紙に書いておいたのであるが、いざとなると思い出せず、かなり苦労した。
 そうこうしているうちに、夜遅くなってきたので、次の日の学校に備えて寝なければならなくなってしまった。当時の俺は盲学校の寄宿舎に入っていたので、次に無線ができるのは、来週の土曜日になってしまうのだ。

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