秘密の連絡波


 中学部の後輩に、Sちゃんという女の子がいた。
この子はいつも本当に明るく振る舞っているように見えたのだが、私はなぜか「この子何か抱えているんじゃないか?」みたいに感じていた。
これは前々から気になっていたのだが、なかなかじっくりと話をする機会が無かった。
それというのも、盲学校の寄宿舎では、男子が女子棟へ、女子が男子棟へ行くために先生の許可が必要だったし、女の子と男の子が二人で一つの部屋で話をするときには、ドアを開けておかなければならない決まりになっていた。これではとてもじゃないが相談に乗って上げたくてもそういう話を聞く場所がない。
 ところで、なぜたかが後輩の女の子のことがこんな風に気になったかというと、彼女は私がやっていたミニFMラジオの番組に出ていたからだ。
その番組のミキサーを何度か担当するうちに、なぜか知らないが私は彼女の時々見せるそんな寂しそうな仕草が気になった。
誤解のないように書いておくと、これは恋愛感情とは全く異質の感情だ。
私はどうも、悩んでいる人や悲しんでいる人、困っている人を見かけると「余計なお世話かも?」と思いながらも放っておくことができない性格だから、余計彼女の発するメッセージが気になっていたのである。
もし何か悩んでいるのなら、何とかして力になってあげたいと思ったが、このときまで私は方法を編み出せずにいた。
 それはある秋の日の昼間、眼科への通院で学校を休んでいて、夕方から寄宿舎に行くことになっていた午後のことだ。
本当は1日かけてすませなければならないと思った通院も、なんだかそのときは外来がすいていて、午前中で終わってしまったので、私は家に戻って暇をもてあましていた。
平日なのでアマチュア無線を付けても誰も相手はいない。そこで何気なく、その年の春頃に友達から買った免許不要のトランシーバーをいじくって遊んでいた。
それで私は思いついたのだ。
「そうだ、こいつを寄宿舎に持っていって彼女に渡して、夜中に話を聞いてみよう。これだったら多分、女子棟と男子棟の間ぐらい平気で電波が届くはずだ。」
そこで早速その夜、寄宿舎に着いてから私は彼女を応接室に呼び出し、
「もし大きなお世話だったらこれ以上聞かないけど、何か悩んでいない?なんだか、FMやってるときの声聞いてると、何かあるような気がするんだよなぁ。」
と話してみると、やっぱり案の定、私の予想は的中していたらしく、そのとき差し出した無線機を受け取ってくれた。そして9時半ぐらいに電源を入れて、ちょっと話を聞いてみることにした。
このとき聞いた話はプライバシーに関わるので書けないのだが、ともかく彼女はいろいろなことで悩んでいて、爆発寸前だったと思う。
とりあえず私は、その日の夜1時を過ぎるまで、彼女の話を聞いてあげた。
そのとき、同じ女子棟には彼女の相談相手になってくれる人はいなかった。しかし、男子棟の方には同じ学年の友達や中学部の先輩がいるので、大人に聞かれないところで彼らと話がしたいということだった。
彼女のそんな話を聞いていると、私はこれを何とかしてあげたいと感じるようになった。
そこで私は、無線友達の中でこの免許不要のトランシーバーを持っている人に呼びかけて、安い値段で売ってもらったり、また無線雑誌に載っている格安のハムショップに問い合わせて、この種のトランシーバーを合計4台確保した。
そして男子棟1回(中学生は主にここにいる)に2台、2回の私の部屋に1台、女子棟の彼女のところに1台おいて、毎日9時半に電源を入れるようにした。
私のところにあったトランシーバーは、主に同室の中学生の男の子が使っていた。そして1回のトランシーバーも、一緒にミニFMをやっていた中学生の男の子二人に渡しておいた。
これで何とか夜中の女子棟と男子棟の中学生をつなぐことができた。
 ちなみにこの無線ライン、使っていたのは中学生だけではない。
時にはそれを聞きつけた高校生が使っていたこともある。
また、ミニFM放送中は、取材舞台との連絡にも使った。
私は主にチャンネルの管理を中心にやったり、使いたい人が複数いる場合のスケジュールの調整をやっていた。
もちろん暇だと私も中学生の会話の中に入っていくこともあった。
先生にばれることなく思う存分に長話ができるこのシステム、愛の告白やラブコールに使われないはずもなかったことをここに書き加えておく。


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