S先生との出会い


 2年生の2学期に入って最初の金曜日のこと、今学期から新しく始まる科目を履修するため、俺は教室で先生が来るのを待っていた。
 すると入ってきた先生は、
「皆さんこんにちは。Sと申します。うるさいとよく言われます。早口だともよく言われます。視覚部の授業を担当するのはこれが初めてですので、よろしくお願いします」
と挨拶した。この自己紹介を聞いて、俺はこの先生がすぐに気に入った。何せうるさくて早口な先生。その二つの条件は、まさに俺の持つ3代特徴の二つと一致していたからだ。
そしてこの先生の話し方からは、「一生懸命授業をやるぞ!」という気迫が感じられた。今まで給料もらっているくせに、音声パソコンの使い方もろくに勉強する気のない間抜けな教授陣の授業しか聞いたことの無かった俺には、この先生の暑いまなざしがとても新鮮なものに感じられた。
 最初の授業が終わった後、俺は何か見えないものにでも惹かれるように、出て行く先生の後について行っていた。そして、先生に学校の授業では就職に向けてなんにも教えてくれないどころか、教授陣は音声環境について何も知らないこと、そして一部の心ある先生をのぞいて、そのことを認識しながら、視覚障害補償について学んだりそれをしていく努力をしないことなどを話してしまった。「この先生に奈良聞いてもらえる」俺にはそんな確信が会ったのかもしれない。
すると先生は、
「分かりました。それじゃあ私が教えてあげますよ。来襲からは予定ではXML言語をやろうと思っていましたが、その前に企業に入ってホームページの一つも作れないとしょうがないでしょうから、HTMLの基本からやって、それが終わったら就職に役立つビジネス文書の書き方と、メールの書き方をやりましょう」
とおっしゃってくださった。
 それからは、毎週金曜日が近づいてくると、俺はこの授業が楽しみで仕方なかった。そんな中、とうとう俺たち2年生は、就職活動を始める時機が到来した。
 就職担当のK先生は、俺たちを教室に集めると、就職活動のためのテキストを渡して、簡単に説明して、
「それでは皆さんがんばってください」
とだけ言って、教室を後にしてしまった。
俺は途方に暮れた。それというのも、このテキストは晴眼者を対象に作成されているもので、全盲の俺たちが就職活動をを行っていく上で、ほとんど役に立たないと言っても過言ではないものだった。
 その週の金曜日、俺は授業の始まる前にS先生を捕まえて、このことを話すと、先生は授業時間が始まるのも全く気にしないで、自分の教えている大学での就職活動の話や、大学に勤める前にいらした会社での障害者採用のことなど、詳しく聞かせて頂くことができた。それから授業の旅に先生は、面接の時に気をつけなければならないことや、待合室で待っているときにどういう風にしていれば企業の人に好印象を与えられるかなど、具体的な例を挙げながらおもしろおかしく詳しく話してくださった。
このおかげで俺はこの後険しい就職活動を乗り切ることができたのだと思う。
 そんな優しい先生の授業も、2年の3学期で終わってしまったが、俺としてはこんな先生が、うちの学校の先生になってくれたらどんなに俺たち学生はありがたいことかと思った。
 しかし、怠け者のうちの学校の教員は、一生懸命なこの先生のことが煙たかったらしく、先生は最後の授業の後で
「私ここではもう教えられないのよ」と悲しそうにおっしゃっていた。
その言葉は、今でもはっきり俺の胸に残っている。本当の意味で生徒思いの先生が安心して授業のできない大学。これがうちの大学の現状なのだ。

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