一人で行っちゃ駄目よ


 幸いにも、それまで私はこんな風に、自分が人とはちょっと違ったところがあること。つまり自分の目が見えないことを全く意識しないで育ってきた。
だから自分に劣等感を感じることもなかったし、楽しい仲間達に囲まれてむしろガキ大将みたいな生活をしていたから、保育園に行くのは楽しかった。
 ところがそんなある日、私が人と違うことを知らされてしまう決定的な事件が起きた。
それは給食を食べた後、暇をもてあました私が、教室からちょっと離れたところにある「おもちゃの部屋」というところに行ってみようと思ったときのことである。
「おもちゃのお部屋を自分で探してみよう」みたいな冒険心で一人で教室を飛び出して、しばらく迷っているとすぐにおもちゃの部屋は見つかった。
しかし、その中には誰もいなくて、私はなんだか
「おもちゃのお部屋もみんながいないと楽しくないんだ」と思って寂しくなったので、すぐに教室に戻ろうとした。
ところが、そんな私の耳にあの怒ると怖い佐藤先生の声が聞こえてきた。
「○ちゃん、何で一人でこんなところに来たの。危ないじゃないの。お友達と一緒じゃないと駄目じゃない。」
と怒られてしまった。もちろん自分がどうして怒られてしまったか分からない私は、先生に、
「どうして僕だけお友達と一緒じゃなきゃいけないの。どうして。」
と聞いてみた。すると先生は、
「○○ちゃんは目が見えないの。だから一人じゃ危ないのよ。」
と私に言った。でも、私には「目が見えない」の意味が分からなかった。
「目が見えないってなぁに」
そう先生に聞いた。
すると先生は、
「それはね」といって少しの間考え込んだ後、
「目が見えないって言うのは触らなくても先生のお顔が分かったり、階段が分かるって言うことなの。先生のお顔だけじゃなくって、お友達のお顔もみんなは分かるんだよ。だから階段も分かるからみんなは一人でも階段の前で転んじゃったりしないの。
だからね、○ちゃん、危ないから一人でおもちゃのお部屋に来ちゃ駄目なんだよ。」
と言われた。それでも私は納得できなかった。だって今、ここに一人で来たんだから・・・。
「先生、僕、一人で来たよ。何で僕だけ一人だけ来ちゃいけないの。みんな一人で来てるって言ってるのに、何で僕だけ」
私は先生に「偉いねぇ、一人でできたの」ってほめてもらえると思っていた。
それはこの前、仲良しの里ちゃんが、一人でトイレに行ってほめられたり、由美ちゃんが一人でおもちゃの部屋に来てほめられているのを聞いていたから、私もほめられると思っていたのである。
ほめられると思っていたのにまた先生に怒られた。
そんなショックでとうとう私は泣き出してしまった。
「何で僕だけ一人で歩いちゃいけないの。何で僕だけ」
それが初めて私が自分の障害を認識した事件だった。


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