突然遠くに車に乗って


 それは暖かな春のある日、父と母がいきなり、どこかに行こうと私を誘った。
そのときの言葉ははっきりとは覚えていないのだが、ともかく小さかった私は、これから何が起きようとしているのか全く分からなかったように覚えている。
そんなわけでどこかに遊びに連れて行ってくれるんじゃないかな?のような気分で兄と父と母、そして私の4人はどこか遠くの町に出かけていった。
 ところが、すぐに着くのかと思ったら、車はどんどん遠くまで走っていく。もしかするとこれは遠くの遊園地にでも連れて行ってくれるのではないかと思った私は、車の中でかなりはしゃいでいたのだという。
 着いた場所はこれから13年の月日を過ごす、栃木県立盲学校だった。この日はなぜか学校が休みの日で、優しそうな男の先生が学校を案内してくださった後、声のきれいな女の先生が寄宿舎の中を案内してくれた。
その中でも特に印象に残っているのは、家の何倍もありそうな大きなお風呂だった。そのお風呂はまるで保育園の時のプールのような形をしていて、うちのお風呂のように叩いても「ごんごん」という音がしなかった。
タイル張りのそのお風呂を見て、私はプールにでも入るような気持ちでとても嬉しくなってしまったように思う。
「○○ちゃん、来年からはこのお風呂に毎日入れるんだよ」
とその女の先生に言われて、私の心はさらにうきうきと弾んでいた。
まさか来年からこんな遠くに預けられて、大好きなお母さんとは一緒にお風呂に入れなくなってしまうこと、そして、私を置いて両親が帰ってしまう日が来るなどということは、これっぽっちも予想していなかったのである。


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