寄宿舎生活の始まり


 入学した最初の日、学校が終わって家に帰るのかと思ったら、私は学校とは別の大きな建物に連れて行かれた。
その建物にはいると、なんだか学校で聞かれたときと同じような 「お名前は?」とか、「いくつ?」などということを知らないおばさんに聞かれた。
そして、そのおばさんは私の手を取ってこういった。
「ここはね、寄宿舎って言ってね、このお部屋がお家の代わりだよ。それで、先生がお母さんの代わりだよ。」
それを聞いても私には、意味が全く分からなかった。
「どうしてお家の代わりなの?どうして僕お母さんいるのにお母さんの代わりってこのおばさん言ってるのかな?」
などと考えていたのを今でもしっかりと覚えている。
そのとき母が私をだっこして、
「○ちゃん、お母さん帰るからね、ここでいい子にしてるんだよ。
それでね、一つ泊まったらお迎え、お迎え来たら家帰って、また一つ泊まったらお迎えに来るからね。」
と言った。そのとき私は確か、ごねることなく、
「ここってホテル?一つ止まったらお母さん来てくれるの?じゃぁ僕待ってる。」
みたいなことを言ったと思う。そのときになっても私は、ここをホテルか何かだとばっかり勘違いしていたのである。
 私の家では毎年5月に家族旅行をする習慣があり、そのときに泊まった「ホテル」というものと、この寄宿舎の部屋がとてもよく似ていたのでそう感じたのだろう。
だからその瞬間は、寂しがってだだをこねたり、母にしがみついたりすることは無かったのである。

 私の部屋メイトは、メグちゃんという大きなお姉さんだった。小学6年生だったメグちゃんは、お母さんが帰るとすぐに、
「○ちゃん、遊ぼう。」といって先生と3人で、お店屋さんごっこをしてくれた。
その後は、寄宿舎の中庭にあるブランコに乗ってご飯の時間になるまで遊んでくれたので、とても楽しいスタートだった。
 ところが、ご飯の時間になって、何かいつもとは違う雰囲気であることに私はやっと気が付いた。
いつも夕ご飯の時に隣にいるはずの母が来てくれない。言葉では理解していたものの、その現実を体で感じた瞬間、私は無性に寂しくなった。
そして、部屋に帰ってきてからものすごい勢いで泣き出してしまっていた。
そんなとき、ちょうど事務室から先生が私を呼びに来た。母から電話がかかってきたからである。
でも、やっぱり4歳の子供、電話がかかってきて声を聞いたからと言って寂しくなくなるわけでなく、いつまでもいつまでも泣き続けるのであった。
メグちゃんが慰めても、先生が慰めても私は泣くのをやめなかった。
「お母さん、お母さん、僕お家に帰るよ〜〜」
そのうちさすがに先生も他の仕事をしなければならなくなり、私のそばを離れようとしていた。
そんなとき、一人のお姉さんが私の部屋の前で立ち止まった。実は私は久しぶりの幼稚部生の寄宿舎入舎生で、中高生からけっこう注目されていた。
しかも大きな声で泣き叫んでいたので、気になって部屋の前で立ち止まってくれたのだろう。部屋を出て行こうとする先生と何か少し話をした後、部屋に入ってきて私の隣に横になると、母がいつも私にするのと同じようにだっこしていろいろなお話を聞かせてくれながら、眠るまでずっと一緒にいてくれたのであった。
 それからというもの、しばらくの間は毎晩のように代わる代わる私の隣に中学生とか高校生のお姉さん、時にはお兄さんがやってきて、私の相手をしてくれたので、大泣きしたのはその日を含めても2回か3回だけだったように思う。
後になって考えてみれば、よくもまぁ、私のためだけに代わる代わるいろいろな人が自分から進んで子守をしに来てくれたと思うのだが、その当時の寄宿舎というところは、それほどまでに私のような小さな子が少なかったのだろう。
だってこの優しいお姉さんやお兄さん達は、確か私が幼稚部1年生の1学期の間ぐらいは、毎晩のように来てくれていたんだから・・・。


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