晃君


 当時寄宿舎で唯一の幼稚部生だった私は、こんな風にしてたくさんの先輩方にかわいがってもらっていたのだが、やっぱり同じ年頃の友達が欲しかった。
同じクラスの友達は、すべて通学生(普通に家から通っている人)だったので、寄宿舎に帰ると私は他の寄宿舎生がするように、クラスメイトと遊ぶことはできなかった。
そんな私の遊び相手になってくれたのは、同じ年に寄宿舎に入ってきた先輩、晃君だった。
晃君は泣き虫で、すぐにお家に帰りたいと泣いていた。ちょっと何か学校で怒られたり、私と積み木の取り合いをして喧嘩になると、すぐに泣き出してしまうような本当に弱い(私から見たら特にそう見えた)先輩だった。
当時はもちろん先輩などとは思っていなくて、普通に「お友達」だったのだが・・・。
晃君もクラスの中で唯一の寄宿舎生で、学校から帰ってくるとクラスメイトと遊ぶことはできないので、いつも私と二人で遊んでいた。
時々中高生のお兄さんとかお姉さんがそこに入ってきて遊んでくれたり、小学部でも高学年の女の子が入ってきて遊んでくれたりはしたが、やっぱり私の一番の友達は晃君だった。
 学校から帰ってくると、私たちはプレイルームと呼ばれるおもちゃのたくさん置いてある部屋に行って遊んだり、音楽室に行って遊んだり、夏には砂場でどろんこになりながら遊んでいた。
一番良くやっていたのは、積み木で二人が入れるぐらいの大きな家を作り、先生にも入ってもらってままごとをすることだった。
そんなときに二人でよく言っていたのは、
「学校の養護訓練室にあるような、おっきい積み木が欲しいね」
ということだった。
 そんなある日、二人で家を作って、どっちが大きくなるかという競争をやっていたとき、少ない積み木のせいで晃君と私は大げんかになってしまった。そして、二人はさんざん取っ組み合ったあげく、
「どっちも悪くない。これは積み木が足りないのが悪いんだよ」
ということで仲直りをした。そして、そばにいた先生に、
「先生積み木買って」とおねだりを始めた。もちろん寄宿舎指導員の先生が積み木を買ってくれるはずもなく、
「先生じゃ買ってあげられないなぁ。校長先生なら買ってくれるかもしれないよ」
と言ったのだった。そこで晃君と私の二人は、次の日内緒で学校で待ち合わせをして、校長室まで出かけていったのである。
 校長先生はいきなり訪ねて来た私たちを見てちょっとびっくりした様子だったが、「どうしたの」と優しく部屋の中に迎えてくれた。
そして二人で
「先生、寄宿舎のおもちゃが足りないんです。積み木とかいろいろ。学校にはおもちゃがあるのに、寄宿舎にはないの。買ってください」
とお願いしてみた。すると校長先生は、
「じゃぁ来年ね。それまで待ってくれるかい?」
と私たちに聞いた。
もちろん来年なんて遅いと思ったので、
「もっと早く。ねぇ、明日。」
とかおねだりしていた。すると校長先生は、何を思ったのか、
「明日は無理だけど、9月までには何とかしてあげよう」
と言ってくださるではないか。その後先生にお礼を言って、寄宿舎に帰ってそのことをこの間の寄宿舎指導員の先生に話すと、先生はものすごくびっくりした顔をしていた。
 そしてそれから数ヶ月たった9月の始め、夏休みが終わって寄宿舎に戻ってくると、本当にたくさんの積み木やおもちゃがプレイルームの中に置いてあった。
校長先生はこんな小さな私たちとの約束を忘れないで守ってくれたのである。
ちなみにこの積み木やおもちゃをどうやって校長先生が調達したかと言えば、学校の用語訓練室の倉庫に入っていたものを運んできただけだったと後になって分かったのだが、偉い校長先生が私たちのお願い事を聞いてくれたので、そのときはとても嬉しかったことを今でもはっきりと覚えている。


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