怖い先生


 幼稚部に入学してから私はずっと桜井先生と言う女の先生に担任をしてもらっていた。
しかし、最初は優しかったこの先生なのだが、幼稚部2年生の担任になったときから徐々に、恐ろしい先生へと姿を変えていった。
特に私ともう一人の悪ガキはいつもお怒りの対象で、何かあると怒られていた。
 どうしてこんな風になってしまったのか当時は分からなかったが、多分これは賢ちゃんが原因なのではないかと思う。
何を言われても言うことを聞かず、先生がああいえばこういう私よりも、普通はおとなしく泣き虫で、他の人に何か命令されるといやなことでもやってしまう賢ちゃんの方がかわいかったのだろう。
そりゃそうだ、大人の心理としては自分の言うことを素直に聞く子の方がかわいいに決まっていた。
だから同じことをしても、私は怒られるのに賢ちゃんは怒られないことだって何度もあった。でも、ここで賢ちゃんはずるいとでも叫ぼうものなら、反省が足りないと言ってまた怒られるので、私も悪知恵をはたらかせ、その場は黙っていて、母に言いつけるということを繰り返していた。
こんなやんちゃ坊主の母親だから、そんなことを聞いて黙っているはずもなく、すぐにどうして私だけ怒られたのか、先生に理由をただしたりしたので、半年ぐらい過ぎた辺りからそんなことはなくなった。
 さて、この先生は何も私ばっかりに恐ろしかったわけでもなく、他の2人にとってもけっこう恐ろしい存在だった。
何かある度に、水泳の苦手な子には「プールに沈めるぞ」と言っていたし、注射の嫌いな子には「お医者さんに連れて行って注射してもらうぞ」と言っていた。
特にプールに沈めるというのは、非常に現実的でみんな恐ろしくて泣いた。
 私の学校には幼稚部生や小学校低学年生のための小プールと、そのほかの生徒のための大プールがあった。幼稚部の仲間達は、大プールを俗称「深いプール」と呼び、これを恐れていたのである。
 ある日のこと、私は教室の窓のところでみんなと遊んでいると、開いた窓の向こう側に如雨露を発見した。それで遊ぼうと思って手に取ろうとふれた瞬間、触る場所が悪かったらしく、その如雨露は窓の向こうのどこかに落ちてしまったのである。
こんなのはたいしたことのないことだったのだが、なぜか先生はそのことでかんかんに怒り、いきなり私を捕まえると、体育の先生のいる部屋に連れて行き、
「先生、この子を深いプールに沈めてやってください。」
とか言い出したのである。もちろん私は小さかったから、大泣きして抵抗したのだが、到底大人の力にはかなうはずもなく、本当に深いプールに沈められるかと思った。
しかし、その体育の先生は私の味方だった。体育の先生に私を預け、担任の先生がどこかに行ったとき、優しい声になって聞いた
「何で怒られてるの?何をしたの?」
 私はそれまでのことをその先生に話し、わざとやったことではないことを話すと、その先生は、
「それはひどい鬼先生だ。それじゃぁねぇ、鬼に勝てる方法を教えてあげる。深いプールが怖いんだろう。それなら今から先生が深いプールを怖くないようにしてあげよう」
といって、私の体にたくさんの浮き輪を付けると、私をだっこして深いプールに入り、徐々に水になれるように教えてくれた。
もちろんすぐに水が怖くなるわけもなく、その日はかなり怖かったのだが、私は寄宿舎に戻ってからまたその体育の先生の部屋に行き、時間があるときにプールが怖くなくなる練習をやってもらった。
そんなわけで夏が終わる頃には「深いプールに沈めてやるぞ」という鬼の声も怖くなくなり、私の悪ガキぶりはいっそう強まっていったのであった。


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