何で俺だけが学校に


 高校3年生というと、普通の学校ではもう2月の前半ぐらいから自由登校になって、長い春休みが待っている。
私の友達も同じで、早い人では1月の最後の頃からすでに休みが始まっていた。
ところが、栃木県立盲学校の高等部にはこの「自由登校」なるものは存在しない。
しかも卒業式がやたらと遅いので、普通の高校生がのんびり春休みをエンジョイしている間、私は5時40分に起きて学校に行かなければならなかった。
 しかもこのとき、私はすでに進学先も決まっており、3年生の期末試験はとっくに終わってしまっていたので、学校に行く意味を全く見いだすことができなかった。
だから学校には行っていたものの、授業中はひたすら寝続けていた。
もちろんそんな私を見て、黙っている先生ばかりではなかったが、特に生物担当の先生などは、もうこいつは学校にいても意味がないみたいに感じていたらしく、授業に使う資料すらくれなかった。
その一方、社会の担当で担任の石井先生は、少しでも寝ようものならなんとしてでもたたき起こした。そのたびに私は寝るのだが、何度寝ても飽きることなく社会の時間だけはたたき起こされた。
私も私で起きていると雑談ばかりして、他のクラスメイトにはちょっとばかり迷惑をかけたかも知れない。
他の学校では当たり前のようにある自由登校が、何で盲学校にはないのだろうか。
今になっても到底納得がいかないのだが、考えられる理由が唯一無いと言うことでもない。
それは車の免許を取る時間が必要ないからではないだろうか。
と考えてみても、早い人では車の免許は18歳の誕生日を過ぎたらすぐに取りに行ってしまうのでこれは理由として成り立たない。
 話によると自由登校が無くて泣いているのは栃木の盲学校の生徒だけではないらしく、高校の卒業式が3月18日にある学校だってあるらしい。
全く何で盲学校というのは変なところだけ普通の学校と一緒なのに、どうしてこういう一般的なところが普通の学校と違うのだろうか。
卒業式を同じ日にできないのは多くの学部が一緒になっている以上仕方のないことかも知れないが、それにしても高等部の自由登校の制度ぐらいちゃんと普通の学校と同じにして欲しいものだ。
私はこのことでかなり腹が立っていたので、さっさとこんな学校から卒業して出て行ってやりたいと考え、卒業式の後にクラスで企画されたパーティーにも出席しないつもりでいた。
しかし、いくら学校に頭に来ていたとは行っても、合計13年間を一緒に過ごしたクラスメイトとの別れがこれではしょうがないと思い、その日はやはり出席することにした。
この状況、実は今私が置かれている状況とものすごく似ている。
私の学校の卒業式は、3月の20日にあるのだが、もうあんな学校からはさっさといなくなりたいと思っているので、さっさと卒業を待たずに東京に引っ越してきてしまっている。
ちなみに東京のTで始まる盲学校には、ちゃんと自由登校の制度があるらしい。


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