音羽の滝の水を飲んだのに


 高校2年の春のこと、私は一つ年上の女の子を好きになってしまった。
知り合ったきっかけは、前の年の秋に行われた放送コンテストで彼女の朗読を聞いたことにあった。
彼女の朗読は、まるで演劇でもやっているようで、その場の情景がまっすぐにこちらに伝わってくるように感じた。
実はアナウンサーがやる朗読の世界では、演劇風に原稿を読むことはタブーとされている。
それは、作者の気持ちは作者にしか基本的に分からないため、こちらの想像で演技風に朗読してしまうと、聞き手に作者の心情や登場人物の心の変化、そしてそのシーンでの情景などを想像させる機会を奪ってしまうと言われているからだ。
そのときは正直、彼女に対して恋愛感情は持たなかったのだが、高校2年の8月、朗読の栃木県代表として、鳥取県米子市で行われた「全国高等学校総合文化祭」に参加して、その会場で、偶然会って話をしたとき、彼女のかわいさにすっかり惚れ込んでしまったのである。
もちろんそのときも名詞を持っていたので彼女に渡すと、彼女はすぐに自分の家の電話番号を教えてくれた。
そしてその次の日、余裕を持ってスケジュールを組んでいて、時間があったので、米子市からしばらく電車に乗って行くことのできる、ゲゲゲの鬼太郎のふるさとに遊びに行くことになった。
私たちは同じ部活をやっていることもあって、道すがらかなり話が盛り上がり、一緒にプリクラを取ったり、食事をしたりしてなかなか良い雰囲気だった。
まぁそのときは先生がいたことと、彼女の方の帰る時間が迫っていたので、午前中だけの旅で終わってしまった。
すると鳥取から帰った次の日だったろうか、早速彼女から電話がかかってきた。
私は今までになかった幸運に小躍りして喜んだ。この時以来彼女とは何度か電話で話す関係を続けていたが、なかなか再会の機会は訪れなかった。

 その年の10月に行われた修学旅行中、私はとある先輩と恋仲だと勘違いされてしまった。
詳しくはこちらを参照して頂きたいのだが、その先輩は私の相当の幼なじみで、私がその放送部の彼女にあこがれていることを知っていた。
そして、バスの中で隣の席に座ったとき、
「あんた、いい加減に○○ちゃんに告白したら。ぐずぐずしてると関係進まないうちに彼女卒業しちゃうぞ」
と言われてしまった。「うるさいなぁ」と私はそのときかわしたものの、内心ではたしかにその通りだと思っていた。
そこでこうなったら、帰ってすぐに彼女をデートに誘ってみようと決心し、その日の午後に行った清水寺の音羽の滝の「恋が叶う水」をがぶ飲みして自分に気合いを入れた。

 さて修学旅行から帰った金曜日の夜、私は彼女の家に電話して、かなり長い時間話し込んだ。しかし、なにぶん臆病者なので、なかなかデートに誘うことができなかったのだが、いよいよ電話を切る直前になって、
「ああそうだ、良かったら今度の土曜日遊びませんか?」
と言ってみた。すると彼女は
「いいねぇ。じゃぁ宇都宮ででも遊ぼうか?」
と返してくれた。私は「さすが音羽の滝の水、かなり効果があるなぁ」と感心したものだった。
 ところが、約束してみたはいいものの、自分から女の子を誘って遊びに行くのなんて全く初めてのこと、どんな服を着て何処で何をしたらいいのか、全く分からなくて悩み苦しむことになった。
無線の友達に相談したのだが、何せ私の友達も同じような境遇、本当に八方ふさがりの状態だった。
結局私は国語の渡辺先生と例の先輩にしがみつき、
「服はNHKの全国大会の何日目に着ていったものを、日程はこの辺ならこんな感じで」
などといちいち教えてもらい、その日に望んだのだった。
そのおかげで一応遊びそのものはうまくいって、そこそこ楽しくできたような気がする。といっても、とりあえずその辺をふらついて、一緒に食事しながらいろいろな話をしただけだったのだが・・・。
そしてやっぱり、私は彼女に自分の気持ちを伝えられないままその日は終わってしまった。

 それから1ヶ月ほど過ぎた頃、クリスマスのプレゼントを買って、彼女をまた誘ってみたのだが、OKの返事をもらったものの、急に彼女の方で都合が悪くなってしまって会えなくなってしまった。
これはまずい。本気で早く告白しないとやばいことになると思った私は、買ったばかりのパソコンを使って、人生初めてのラブレターを書いて彼女に出した。
そして5日間ぐらい過ぎた夕方、彼女から携帯に電話がかかってきた。
結果は前の時と同じく、「友達としてつきあいましょう」と思いっきり言われてしまい、それから何日か私は沈んだのだった。


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